内田邦太郎 vol.1  “パート·ド·ヴェール”

2020.10.23

内田邦太郎 vol.1 “パート·ド·ヴェール”

「43年間、作品制作のペースは全く変わらないね」。2000体以上の名品は「失敗の繰り返しから生まれたかなぁ」と語る内田邦太郎。つい時間を忘れて明け方まで制作していることもあるという、千葉上総一ノ宮のアトリエへ取材に伺いました。

「黄オレンジ彩 フリル縁髙台花器」
パート·ド·ヴェール Φ16cm×24.5㎝(底 Φ8.2㎝)

 

 

 

パート·ド·ヴェールとは

古代エジプト(※)から伝わる「幻の技法」と言われ、アール・ヌーヴォーの時代に全盛期を迎える。フランス、アール・ヌーヴォー初期の、ロダンと同時代の彫刻家アンリ·クロ(1840~1907)が着色された蝋を使ってレリーフ作品を作っていたが、蝋のままだと脆く、欠けたり溶けたりしやすいため、何とか蝋の質感を残しながら丈夫なものができないものかと考えた。そして様々な色ガラスを砕いて粉状にしたものをノリで練って耐火性の型に詰めて焼き、溶かして固めた後に型を壊して中のガラスを取り出すことを思いつくが、糊のため焼けた後、不純物の影響で無数の泡が発生し砂糖菓子のようになり、求めていた蝋のような質感が得られなかった。アンリ·クロから20年後、弟子たちによって(アマルリック・ワルター、アルジ・ルソー等)この技法が確立し、全盛期を迎えた。
しかし第二次世界大戦を境にしてこの技法は跡絶え、戦後しばらくは、最も難しい「幻の技法」と言われてきた。

※天然石の代用品として、ツタンカーメンの玉座の飾りや護符等が、鉛の入った低温で溶けるガラスチップを嵌め込んで作られていた。

 

内田式パート·ド·ヴェール

1976年内田邦太郎は、日本でこの「幻の技法」を再現、さらに一歩進めた技法を発表する。内田式「パート·ド·ヴェール」の誕生である。
内田式パート・ド・ヴェールは、鉛を含まず、高温で焼き上げる難易度の高い鋳造ガラス。赤、オレンジ、黄色を含む、あらゆる色の表現が可能。(通常は融点を低くするために鉛を入れるが、鉛分が入ると美しい暖色が出せない。)蝋を使って原型をつくり、150色もの独自の調合によるガラス粉を詰め、1点ごとに石膏型から割り出し、磨く。細かな気泡がつくる不透明ガラスだからこその“鮮やかな発色”と、炎がつくる“焼き物のような景色”が特色である。

 

粘土の型でできること、蝋の型でできること

レリーフ

アール・ヌーヴォー期の作家と同じく、レリーフの作品などは、原型を粘土でつくっていたが、粘土の場合は石膏型から粘土を「取り出す」もしくは「掘り出す」作業をしなければならず、複雑な形は難しい。
石膏型に熱を加えれば、きれいに流れ出す蝋で原型をつくることにより、複雑な形が可能になる。

 

“蝋”ならではの成形法 工程解説

自分のかたちを


風船に水を入れてふくらませ、蝋を溶かした鍋に浸したあと、水に浸ける。
温度差で風船に蝋の外皮ができあがっていく。


何度も繰り返し薄い膜を重ね、厚みをつくりあげる。
最後は、風船を割ると、蝋のまるい形が現れる。

 

蝋による原型制作①


蝋の厚みを均等に、また、彫り上げつつ自分のかたちに近づけていく。

 

蝋による原型制作②


蝋型の一部だけを、熱っした蝋の鍋に浸し柔らかくする。
すると、その部分だけに限って新たなかたちを加えることができる。

空気ボールを使って成形する

ここでは、風船に続き、遊具の大小のボールが活躍。
少しずつ、動きのある大胆な形が生みだされていく。
「自分にしかできないもの、世の中に今までなかったもの、を作りたい」

 

1点のみの型。どう抜くか?緻密な設計


石膏型を作るまえに、できた蝋型から完成予想図をデッサンし、どのような型にするか、の設計図をおこす。正確な寸法が必要になる。

 

焼成ノート


窯で約1050度で55時間以上焼く。
温度のコントロールが肝。大切なデータ。

 

石膏型


つくった石膏型は1ヶ月寝かすそう。

 

脱蝋

蒸気で型の中の蝋を溶かして流す。蝋が流れ出てくるのは8割。
染み込んだ残りの2割を燃焼させるため、型が真っ赤になる高温で焼く。

 

ガラスの粉を入れる

真っ赤になった型の中へ。色ガラスは溶けて嵩が減るので、少しずつ。

 

調合票

パート·ド·ヴェール用色ガラス調合票

藝大卒業後、大阪市立工業試験所無機化学課ガラス研究室に入り、色ガラスの調合研究をしたときの極秘データ。この150色の調合票はなんと1年の間に完成させたそう。

 

焼成・徐冷


1050℃から1080℃まで焼成温度を上げた後、18時間かけて徐冷する。窯を切った後、24時間は中へいれたままにし、焼成後作品は常温になってから窯から出す。

 

石膏型を外す


慎重に、自然に砕ける様に石膏を削ぎ落としてゆく。
「3つのうち2つは割れるかな。もう慣れているけどね」
取材時、実際に、慎重な型外し作業を見守った二つは、二つとも中で割れており、一同、声にならない悲しみを味わう。作品の貴重さが心に染みる。

 

研磨と仕上げ


石膏をきれいに洗い流したあとは研磨。粗い砥石から、艶を出す細かな目のやすりまで。磨くことで、色が鮮やかに出る様は、感動を呼ぶ。

 

陶芸×鋳金×ガラス=内田式へ

内田邦太郎は京都で生まれる。父は、京都の陶芸家・内田邦夫(新潟県上越市出身)である。幼少の頃から、剣持勇はじめ多くのクラフトデザインの雄たちとの交流に恵まれる。
実家が陶窯であるため陶芸の材料と窯の知識に親しんだが、二代目になる気は全くなく、東京藝術大学では鋳金を専攻。
(大学3年生の時に制作した陶芸作品が実は、京都国際会館に剣持勇のセレクトにより収蔵されている。)
卒業後、吹きガラスにも関心があったため、大阪市立工業試験所無機化学課ガラス研究室に所属し、1年間色ガラスの調合研究に勤しむ。
その後、横浜の菊名につくられた東京クラフトデザイン研究所の創設時に原三郎に請われてガラス科を一から任されたことも、内田式パート·ド·ヴェールが生まれる経緯につながってゆく。

現代、鉛ガラスを使い、低い温度で焼成するパート·ド·ヴェールは多く作られているが、実は全く別物。では、この特別な技術を世界で、知りたい人はどうすればよいのだろうか。
「技術を世界に発表するより、作品をつくることに専心してきたからね。教室などは全くやるつもりはないけれど、学芸員でもフランスの作家でも、知りたい人には是非、伝えたいですね」

 

4つの質問

Q.創作時間はどのくらいですか?
A.とにかく作品作りは楽しくて仕方がない。朝起きてから、すぐに蝋型でつくりたいものが浮かんでくる。気がつくと夜中の2時、3時になっているね。43年間全く変わらない。

Q.パート·ド·ヴェールとの出会いは?
A.43年前、原三郎氏に「”幻の技法”といわれているパート·ド·ヴェールを復興させてみないか?」といわれたのがきっかけだった。その後、パート·ド·ヴェール作家のアンリ·クロの作品に感動し、この技法を学んでいるうちに、これは今までの自分の経験が全て活かせると思った。
「何を経験しても無駄なことはない」

Q.失敗のエピソードは?
A.最初は手探りだから、もう失敗の繰返しだったね。
型の造りがあまくて丁寧でないと、そこにヒビが入って中のガラスが溶け出してしまう。ガラスは液状になるのですぐに流れだしてしまう。徐冷の加減もわからずに割れてしまったり、型をとる時に水で石膏が膨張して中のガラスを圧迫してしまって割れてしまったり。
人よりどれだけの失敗をしているかでレベルが上がったね。チェックポイントが増えていくということは、知識が増えていくことだから。失敗をしないとまぐれで成功しているだけ。

Q.独立独歩でいらしたわけは?
A.既存の団体に属さなかったのは、良い作品を創るため。時間がもったいなかったから。

 

 内田邦太郎 作品 01〜09

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内田邦太郎作品01
ブルーグリーン彩 ピスタチオ形ランプ

技法     パート·ド·ヴェール
作品サイズ  17cm×32.5㎝×厚み13.5cm(底 Φ10㎝)
共箱     有
備考     サイン有
価格     ¥300.000(税込価格¥330.000)

「丸いランプを作ることが多いから、違うかたちを作りたかった」
ピスタチオを割ったイメージの作品。

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