林 美木子 vol.1 “扇” 後篇

2020.12.4

林 美木子 vol.1 “扇” 後篇

平安の時代に宮中を彩った有職(ゆうそく)の美を、細部に至るまで自ら研究し、伝統を忠実に踏襲しながら現代に息づかせる有職彩色絵師・林美木子。
様々な有職の作品を作る中で、第1回は扇をテーマにお伺いしました。前編「飾り方」「楽しみ方」に続いて、後篇は「扇を描く」。

端午 かわほり扇
大和絵 「薬玉図」

 

 

いにしえのひとびとに触れる、有職の楽しみ

雅のかたち

平安のお姫様が遊んだ世界、雅のかたち、古来より伝わる行事や風俗を生き生きと描く林美木子。名家伝来品の修復と有職研究を経て、時代時代の“約束事”を踏襲、本歌の意識を捉え補完する、有職再現における稀有な存在であり、伝統文化を楽しむ人々にとって心から頼りになる存在。

 

林美木子の仕事

王朝の美意識

檜扇 「大翳」(おおかざし)
提供:京都迎賓館

王朝の美意識を忠実に再現した檜扇「大翳」(おおかざし)は、京都迎賓館に収蔵されている。

提供:京都迎賓館

 

有職芸術の教科書となる「王朝のかたち-宮廷文化を伝える風物たち」(淡交社・猪熊兼樹著)では、掲載されたすべての作品を制作。

『王朝のかたち-宮廷文化を伝える風物たち』
猪熊兼樹/文 林美木子/有職彩色
淡交社

また、12年にわたり、京都の夏の風物詩、祇園祭・鉾町の扇の作画を担当。
有職の約束事や大和絵の考証の確かさは各方面から信頼を得ており、歌舞伎では、坂東玉三郎丈の依頼を受け、舞台で使う扇を制作。また東京吉兆では、お客様をお迎えするための飾り物として月次扇や大和絵が、季節に合わせて飾られている。

 

20歳で独立

林美木子は、桐塑人形の重要無形文化財保持者、林駒夫の長女として生まれ、「20歳になったら独立を」のことば通り生家を出て、1987年頃から独自に旧いものの修復や彩色絵師の仕事を始める。父、林駒夫の教えは「作った人の性別も年齢も超越するような、まるで鶴のようなおじいさんが描いたと言ってもおかしくない仕事をしろ」だった。それは、“約束事”を誠実に守り、自分を透明にして、継承されてきたものを「いかにちゃんと描けるか」が大切になるからこそ。「今、娘と仕事をするのは楽しい作業になっています」と話すように、林駒夫の人形制作の彩色も担う。

 

檜扇「大翳」(おおかざし)の制作

檜扇は最も古い扇の形。多くは檜材だったので檜扇という。元服前の男児は杉材の横目扇を持ち、元服すると白木の檜扇に持ちかえた。女官は位に応じた檜扇を持ち、最高位の女人が持つ檜扇が、一番大きい大翳。
30年ほど前、制作に取り掛かろうとした頃は、誰も教えてくれる人がいなく、まず古い扇を頼み込んで預からせてもらい、どのように作られているかを調べることから始まった。

檜扇 「大翳」(おおかざし)

 

1本の角材から作られる檜扇

木地に何回も胡粉を塗って磨く工程の中で、水分によって木地が反ってくるので、その反り方が一定になるように1本の角材から作る。胡粉で磨き上げた後に雲母を塗って白のトーンを落とす。一枚一枚が、御殿玩具や御所人形を作る時と同じ工程でできているため、美しく、かつ扇の開け閉めがとても滑らかな出来上がりになる。
* 貝殻(牡蠣、蛤、ほたて等)から作られる白色絵具。

 

何工程にも及ぶ下絵の制作を経て彩色へ

まず鉛筆で下絵を描き、梅の位置などあらかたの模様の配り方を決める。下絵は全て実寸。

 

墨線をおこす。鉛筆と筆とは感じが全く異なるので、和紙に筆で描いて感じを見る。(大下絵)

 

色下絵を作る。(伺い下絵)

 

色下絵から薄い紙に写す。さらにそれを一枚ずつ木地に写すため、木地と同じ形の薄い紙に写す。板は39枚。(橋)

 

木地に写したら下絵通りに金箔などを貼り、彩色に移る。使う絵具は全て天然の顔料。特別に染めた紐や糸花の飾りをつけ、要に蝶鳥の金具を着けて完成。

 

かわほり扇の制作

描く

「扇型の限られた画面に、放射状に描かないと扇の骨につけた時にまっすぐ見えない。日の丸の扇子もまん丸に描いたら絶対に日の丸にならないので。そういう立体物であるという面白さがあります。描くときは平面なのにね。図案を描くのも面白いし、昔の模写も面白いし、アイデアが一杯浮かんできます」

端午 かわほり扇 
大和絵 「薬玉図」

「この時点(①)で直線が折り目の山に平行になるように描いておかないと、折ってつけた時にまっすぐに見えない。何気なく描いていますけど、この状態で良い絵では駄目なんです。扇の絵は(骨に)付けて100でないと。だからこの時点で100では全然駄目。そこが絵画と扇の絵の違い。道具というのは使うときに100%、お客さまのところに行って100%でないといけない」

源氏物語 扇 
大和絵 「葵祭図」

 

染める

月次扇
大和絵 「二月 白梅図」

白梅図の背景は、蘇芳(すおう)で染められている。「透明に近い薄い色なので、何回も何回も塗ってこの色にするまでとても時間がかかります」
「一月が松だったので、二月は梅と竹の取り合わせ。前の月からなるべく変えたい」と思い、月次扇の並びと趣向を考えたオリジナルの図案。
「毎日御所の前を通ります。季節季節の木や草の匂い、春の夜の梅の匂い、松の影の濃さ、砂利道を歩く音、そういうものを感じながら描いています」

 

染める時に水分が入ると紙が縮むため、先ず角判の大きな紙に型紙で扇の表裏の型をとり、染めてから扇形に切る。


表面に絵柄を描き、裏面には表面の華やかさや風合いに合わせて金の砂子を蒔き、扇に仕立てる。

 

制作の始まりは資料集めから

「今自分が探せるもの、集められる限りのものを集めて、一瞥して分かるように整理しておかないと考証が偏ってしまう。不安なまま作ると不安なものができる。だから、私はやれるだけのことはやったと言えるようにしたい。これから自分がしたいなあと思う資料もすぐ分かるように切り抜いたり、言われたらすぐ出来るようにとか。調べている時間が一番長いですね」
東本願寺に残る150年前の扇の修復・再現のための資料、伝統芸能の扇、茶道の各流派の茶扇、また歳時に至るまで、扇だけでもあらゆる資料が保管されている。

 

勉強のためにと集めた、古い扇を骨から外した扇面。

 

端午の資料ファイルには、昔の掛け軸や、摘んできた蓬のコピーも。

 

祇園祭・鉾町の扇の下絵
今年(2020年)の扇のための下絵。図案から全て一人で描いている。実物の扇は掛け軸に仕立てられ手元にはもどってこないため、下絵もすべて残してある。

 

時を超えて聴こえる声
「この仕事を始める前、博物館で洛中洛外図を見た時に、ガラスケースから『わー!』って声が聴こえてくるような体験をしたんです。時を超えてこんなに饒舌に話しかけてくるものがあるなんて。よし、自分もそういう仕事をしよう、と」
当時はやる人のいなかった仕事。好きで続けてきたが、こういう分野の仕事の重要性を説く人はあまりいなかった。
「大和絵は、もともとはとても身近なもので、当たり前に生活の中にあった、生活に沿ったものでした。日本人の美意識が詰まっている。それが明治以降の美術教育の中でごっそり取り落とされているような印象があります。こんなに素敵なものが日本にあったのに、なぜ今誰もしないんだろう、私のような人が一人くらいいて、熱中していても良いのではないか、と思いながら仕事をしています」

 

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 林 美木子 作品 01〜10

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林 美木子作品01
端午 かわほり扇 薬玉図

技法     大和絵
作品サイズ  59cm×23.5cm
備考     落款有
価格     ¥130.000(税込価格¥143.000)

薬玉は、種々の香料を詰めた錦の袋に、菖蒲や蓬などの薬草、花をあしらい、簾や柱にかけて飾り、家の中に入る邪気を祓うとされてきた。ふわりと舞う有職の糸、御簾を通る優しい風を感じる。

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作品は、ギャラリー桜の木銀座店、または軽井沢店にてご覧いただけます。

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