2024.9.29
宮村秀明 vol.1 "Risk and Discovery"
*こちらは2021年2月に取材した記事です
アメリカ、ボストンから車で北へ1時間 。ニュー・ハンプシャー州ハンプトン・フォールズのアトリエを拠点に活躍する陶芸家・宮村秀明。1万5千回を超える釉薬研究から生まれる独自の虹彩とピースフルな造形の磁器。リスクを恐れず追い求め続ける、美の探究についてお伺いしました。
制作の拠点
ハンプトン・フォールズのアトリエから車で15分ほど、マサチューセッツ州ウエスト・ニューベリーにあるスタジオ兼ギャラリー。こちらでは、ろくろ成型や作陶を、焼成は窯のある自宅アトリエで行う。
スタジオ兼ギャラリーは、1841年に建てられた教会を自ら20年以上かけてリノべーション。建物は国の文化遺産に登録されている。この教会のなかにある鐘には独立宣言の時にサインされたものと同じ碑文が刻まれている。
自宅アトリエでは、最近10m四方のジャパニーズ・ガーデンを作った。重要な瞑想の場。
独自の虹彩がうまれるまで
土、釉薬(長石×鉱物×灰)、焼成温度や方法、無限の組み合わせのテストから生まれた独自の虹彩。26歳で魅了された曜変天目茶碗に端を発し、結晶釉や日本の兎毛釉の追求からはじまる宮村独自の虹彩は、瞬く間にアメリカのコレクターたちを魅了。口コミで拡がり、ボストン発で国際的に収蔵先が増えていく。その「アメージング!」な虹彩は、新しく発表されるごとに、世界のコレクターたちを驚嘆させている。
その美の探求は、まず、土から始まる。
理想とする釉薬の輝きを生み出す為、釉薬に合う「陶土とカオリン(天然粘土鉱物)の組合せ」を見つけることが最も重要だという。求める釉薬の色に最適な組合せを探していく。
カオリンは、陶土を構成する最も重要な成分。
アメリカ全土から集められたものは、南から北までの土地の広さもあり、日本で入手できるものよりも種類が豊富。加えて、近年は他国からも入手可能になったとのこと。本体の陶土も、種々の磁器質の土と陶土を独自に調合して、試行錯誤を繰り返す。
この陶土の上に、カオリンを塗り、完全に土が乾いたら素焼きをして、更に釉薬をかけて本焼きをし、釉薬との相性を観察する。
焼き上がった結果を見て、新しい釉薬の調合を書きとめる。
観る者に驚きを与える圧倒的な釉薬の輝きは、コバルト、鉄、石灰、けい石、マンガンなどの鉱物材料と、アトリエ付近から豊富に採れる樫の木などの木灰から生みだされる。
代表的なものでは、日本の兎毛釉の繊維が30cmを越えるような進化を遂げ“青い野兎の毛皮”と名付けられた釉薬(Blue hare’s fur glaze)や、そこに文様が加えられた“孔雀の羽”(Peacock glaze)、キラキラと輝く結晶釉には“海の泡”(Sea form glaze)、“星のまたたき”(Starry night glaze)など。
しかし、安定して出てくれる時期が続くかと思えば、窯内部も変化していくため、突然うまく出なくなることも多々あるそう。
アメリカでの初発表当初、アール・ヌーボー期のL.C.ティファニー(アメリカ史上最高の装飾芸術家といわれる)の玉虫色のファブリルガラスのコレクターたちが大きく反応したそう。
造形:ピースフルなかたち
普通の土ならば焦げてしまう1320℃の高温で釉薬を焼成させるため、素地はカオリンを多く含む磁器土。ろくろで成形し、乾かした後削り出す。そこでは、「生命感のある自然なかたち」を目指していく。
“目指すかたち”は、水滴のかたち、風船をふうっと膨らませたかたち、果物が地球の重力とともに育んだかたち、すべて自然のなかにある有機的なフォルムだ。ろくろ作業は、重力に逆らって土を上に持ち上げていく作業である。重力によって自然にできた形を、逆のアプローチで目指すというパラドックスが楽しい。観る人から「ガラスですか?金属ですか?」という質問が出るたびに、『ちゃんと、重力の表現が成功している』と嬉しく感じるそう。
アメリカのコレクターが語るに、コレクションルームに入ると、ピースフルな気持ちに包まれるので、部屋の名前をピースと呼んでいる、とのこと。宮村作品のこの、生命のかたち、がもたらす印象ではないかと思う。
しかし、この口のキュッと詰まった形状にも、タイトルの「Risk and Discovery」という宮村の制作姿勢が表れている。この形状では、分厚い宮村の釉薬を内側に掛けることができないので、窯のなかで内側と外側にかかる圧力が整わない、従ってよく「割れる」。『それでも、こういったプロポーションに魅力を感じるのでやめられないんですよね。(どれくらい割れるんですか?)ああ、窯の中で割れちゃうケースのほうができあがるものよりも圧倒的に多いですよ。ピンピン!って高い音が窯でするんです、それを聞きながら“あー、今回もいっちゃったな(笑)”って。その後、土と焼成のプロセスを研究した結果、割れてしまう作品は時には数点ありますが、ほぼ無くなりました』宮村はいつも、自身の挑戦をこともなげに語る。語り口を聞く人は皆、驚きを禁じ得ないだろう。
「26歳で国宝の“曜変天目茶碗”に出会い、ほかに類を見ない美しさに魅了された」
目指すのは新しい曜変釉。伝統的なものと現代的なもの、西洋的な形の融合。
4つの質問
Q.今回もタイトルにさせていただいた「Risk and Discovery」は、先生の図録のタイトルから拝借致しましたが、このタイトルはどなたがつくられたのですか。
A.2003年にボストンのパッカー・ギャラリー(Pucker Gallery)で開催された展覧会のカタログの中で、カナダ人陶芸家、*ブラザー・トーマス・ベザンソン(Brother Thomas Bezanson)氏が寄せて下さった言葉から取りました。
「美しいものを創り出す過程で負うことになったリスク、完璧な釉を追い求める過程で経験したすべての失敗に敬意を述べる。窯は荒くれた馬ではないけれども、コントロールは全く効かない。そこにあるのは不思議なものを創り出す、というよりは生み出す希望のみである」
2007年にベザンソン氏を訪ねた後に
「いつまでも自分の心、自分の内面に対して忠実であること。世界はあなたが生み出す美を必要としている」とお手紙を頂いたことは今でも心に残り、制作の励みになっています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*ブラザー・トーマス・ベザンソン Brother Thomas Bezanson
(1929-2007 カナダ人陶芸家。作品は スミソニアン博物館(ワシントンD.C)、
ヴィクトリア&アルバート美術館(ロンドン)をはじめ、世界の美術館に収蔵されている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Q.アメリカに渡られた30年前から、現在に至るまでを教えて下さい 。
A.今から30年前にアメリカに渡り、現在では、日本で暮らしていたよりも、こちらでの生活の方が長くなりました。渡米したての頃は日本での修行時代の延長のような、日常的な食器などを作ってなんとか生計をたてていました。修行を始める前はガラスに興味があり、吹きガラス(グラスブロアー)の芸術家になることを考えたのですが、日本にそのような学校や作家が少なかったので諦めました。それで、陶芸を始め、食器などを作りながら釉薬の研究をかなりして、何とか良い釉薬が出てきました。自分は大量生産的なものに興味がなく、芸術的な作品を作りたいと常に考えていました。作品の形を考えるうえで、一番僕に影響を受けたのはガラスの作品ですね。
1990年から2010年、ガラスはアメリカではとにかく人気があり、コレクターもかなり多い時代でした。当時、ガラスのコレクターの方たちが僕の作品を徐々に買い始めてくれた。日本と比べると30年位前のアメリカでは陶芸の価値はそれほどなかったと思います。現在は芸術的な価値というものを認めてくれていると思います。それが15年から20年位まえくらいからですね。自分が幸運だったと思うのはガラスのかたちの美しさと自分の釉薬を完全にマッチさせて作ってきたということが成功したことだと思います。形はガラスに憧れたってことです。
Q.曜変天目と出会って始まった陶芸家への道ですが、だれも作り方が分からなかった曜変天目へのチャレンジは、今、どの位のところまで来ている、と思われますか?
A.今まで1万5千回位の釉薬のテストをしていますが、そのうちの10種類から15種類くらいしか、使えるものがなかったという結果です。初めに完成したのは青い天目、「Blue hare’s fur glaze」です。日本でいう野兎の毛ですね。一般的に日本で飼われている兎(rabbit)のふわふわの毛と違い、もっと太くて粗い野兎(hare)の毛並みを表したものです。野兎(hare)の毛並みのように、釉薬が高温により流れる。ブルーから徐々に緑に変わり赤く出るものとか、そこで3種類の青い天目系の表情がでてきました。それから艶を消したようなゴールドの金色の釉薬が出来ました。最も自分が気に入っているのが「Starry night glaze」ですね。自分の一番、最高の釉薬だと思います。その後、「Sea form green glaze」、「Sea form blue glaze」が出てきました。大きな結晶と大きな結晶との間に海の泡のような小さな結晶が現れる。その結晶が、グリーンや青に輝いているもの、紫に輝いているものもあった。これも僕の気にいっている釉薬のひとつです。富士山を表したような上の方が白く、白の釉薬がブルーに流れるものは「Snow cap」と呼んでいます。
ブラウンに銀の結晶が出てくる、「Brown Silver Crystalline glaze」、「Green eyes」(緑の眼)、「Silver eyes」(銀の眼)とか、「Yellow Crystalline glaze」、それが今から10年位前。それから「Bronze glaze」は、ブロンズの結晶が出てくるようなもので、それも気に入っています。そのなかでも3ディメンション(3次元)に出るブロンズがあるんです。それも結構気に入っています。今、挑戦しているのは結構派手な金のもので、なかに結晶が入ったものです。それは一年位前から出ている最新の釉薬ですね。いろいろなことにチャレンジして、1万5千くらいのなかから15種類くらいの釉薬が出てきました。「なぜ、そこまでやらなければならないのか?」とよく聞かれるのですが、本当に釉薬の研究をしていることが好きなんです。好きだからやっていける。結局、何事においても好きじゃないとだめなのだと思います。そういうことで、今まで30年、いろんな研究を頑張って続けてきました。
Q.先生にとって「曜変天目」との出会いとは?
陶芸の世界に入る最初のきっかけは曜変天目です。陶芸家の三浦硃鈴(しゅれい)先生に出会ってずっと修行させていただいて、その間に釉薬ってどういうものなのか、ろくろの成形とか真剣に修業していました。先生も親切に丁寧に教えてくれて、本当に幸運な出会いだったと思います。今でも本当に感謝しています。曜変天目はやはり、インスピレーションですね。僕らの年ぐらいの人は分かると思うのですが、1960年~70年代くらいにフォークソングが始まりました。その当時の音楽家に「どういう人に影響をうけましたか?」と聞くと、「ビートルズ」とか「ボブ・ディラン」とか、そういう巨匠がインスピレーションを与えてくれた、と。そう考えると僕の場合、「曜変天目」がインスピレーションを僕に与えてくれた。その結果、何千、何万個というテストをして、その力というものを与えてくれた。ですから出会いって、大切だと思います。ガラスに対する出会い、曜変天目に対する出会い、アメリカに来たこと。すべて考えると楽しい30年だった。つらいこともあったけれど、元気でやってこられたことに感謝していますね。
宮村秀明 作品 01〜07
宮村秀明作品01
Bottle with Blue and Brown glaze
技法 磁器
制作年 2015年
作品サイズ H41cm×W24cm
備考 サイン有
SOLD
「お気に入りの形の作品です。雨の日に窓の外を見ると窓の上にこの作品と同じ形の水滴が見えます。私にとって、これは完璧に自然で美しい形です。技術的には、2つの異なる釉薬を使いました。どのように釉薬が反応するのか、また、ブラウンの釉薬がどれくらい流れるのか、ということに辿り着く為に、沢山の釉薬を試しました」
ここから先のプライベートメッセージ、他作品は、「合言葉」をご存じの方向けの限定記事となります。次のページに進み「合言葉※」(パスワード)をご入力ください。
※合言葉はメールかお電話にてお問い合わせください。ご住所ご連絡先が必要になります。
作品は、ギャラリー桜の木銀座店、または軽井沢店にてご覧いただけます。