平松礼二  vol.1  “睡蓮”

2020.9.18

平松礼二 vol.1 “睡蓮”

「大作を3点同時に進行して描けるように…」と軽井沢のアトリエを3倍の広さに改装した平松礼二。
現在進行中のプロジェクトなどを伺いに、睡蓮咲く軽井沢のアトリエへ。

海外から熱いまなざしを集める”印象派・ジャポニスムの旅”シリーズ(1999年~)。
2020年のいま、「更なる大きな夢」、
“睡蓮” 100メートルの連作の制作が進んでいます。

軽井沢のアトリエと庭
―アトリエ―

 

100メートル「睡蓮」の連作 六曲一双の屏風10点分

「初めてオランジュリー美術館のモネの睡蓮の大壁画を観た時、ヤマ勘で100メートル位はあると思った。今 それを描いた当時のモネと同じ年代になり、“大夢物語”として100メートルの連作に取り組んでいます。今やっと70%まで完成したかな」
画家の夢は限り無い。

*六曲一双の屏風とは、一扇90cm×六扇×2=10.8メートル
10点制作すると108メートル。仕上がりはほぼ100メートル。

 

スケッチ


様々な構想図が描かれる。
昨年秋、左下腿部骨折という不運な状況下、入院中に病室で描いた100メートル構想図。

 

池を描く

池に咲く睡蓮、池に映る雲、池の上を舞う赤蜻蛉。
まさに”池と水鏡と花かざり”である。
平松芸術は”遊び心”を取り入れた様式化装飾美、すなわち琳派である。

 

竹林を描く

モネの庭の太鼓橋を渡りきった左側にある竹林の中から見た池。
「竹林から睡蓮が垣間みえる作品。極めて日本的な表現をしたいし、少しポップアート的な遊び心も取り入れたいね」
フランスに渡る作品は、日本との湿度の違いを踏まえて、念入りに画材の特徴を考え、3段階にわけて剥落しないように下塗りをし、きちんと乾かしては描く、を繰り返す。
画家は科学者でもある。

 

鎌倉のアトリエへ

「あと30メートルは鎌倉のアトリエで仕上げるつもりです。”白黒のモノクロームで、コンテンポラリー的な水墨調の作品”と”紅葉と桜”」
9月からは、鎌倉のアトリエで挑む。
今回の挑戦を追い続けてきたテレビ局の取材も、引き続き行われるとのこと。

 

―庭―

池と水鏡と花かざり

池には空と木々が映り、睡蓮が咲き、蝶や蜻蛉が舞う。
「僕の見解だけど、ジヴェルニーのモネの池の姿は江戸時代の女性の手鏡の形ではと。軽井沢の池の姿は僕の要望で眼鏡の形にした。1980年代の裕次郎のサングラスかな(笑)」

 

太鼓橋

庭をやさしく見守っている橋からの池の眺めは美しく、ここから数々の名品が生まれた。

 

赤蜻蛉

「蜻蛉は僕の相棒。軽井沢の庭の池でヤゴから育っているんだ。時々、睡蓮の根を洗って戻すときに、ヤゴがいっぱい出てくるから大切にしている」
多くの作品に登場している、重要な吉祥モチーフ。

 

花々


庭にはモネ財団から株分けされた睡蓮や、頂いた種から育てた250種類の花々が咲く。
鎌倉のアトリエの庭から移植した花を足すと500種類以上になるとのこと。
少しずつ植え足して14年。「今は何種あるか、もう数えてないわ」と奥様。
「僕達夫婦は”花ぐるい”(笑)」 奥様が育て、画家が描く。

 

紫陽花通り

庭の左手奥に広がる紫陽花たち。
6種類以上の紫陽花が6月から9月半ばくらいまで咲いている。

 

ジャポニスムの旅

1994年、パリのJALギャラリーでの、資生堂主催の自身の個展で、はじめてフランスに渡る。
オープニングの翌日に、オランジュリー美術館でモネの睡蓮の大壁画を見て「これは日本の屏風だ」と衝撃を受ける。

四半世紀にわたり、大きなライフワークとして、モネをはじめ印象派の画家たちが憧れたジャポニスムを、現代の日本画家として再探求する。

フランスへの取材、西洋美術史の研究を重ね、国内では「印象派 ·ジャポニスムの旅」を、1999年 Ⅰ、2002年 Ⅱ、2003年 Ⅲ、2006年 Ⅳと発表。
フランスでは、公立ジヴェルニー印象派美術館にて、2013年「平松礼二·睡蓮の池·モネへのオマージュ」展、2018年「平松礼二イン·ジヴェルニー」展開催と、日本人初の歴史的な偉業を成し遂げる。

公立ジヴェルニー印象派美術館の平松礼二作品収蔵は60点を超える。美術館の収蔵品集には、平松礼二作品「エトルタ」はじめ、代表作品が掲載されている。

 

睡蓮について

Q. 今回の100メートルプロジェクト 「睡蓮」についての思いをお伺いさせてください。

A. フランスでの展覧会を2013年を第一部、2018年を第二部とし、今回のプロジェクトはその集大成として、大夢物語「睡蓮」と考えています。すなわち夢の三部作です。

1914年、70代のモネは大作の睡蓮に取り組むためにジヴェルニーの庭に第三の大きなアトリエをつくりました(現在はミュージアムショップ)。あのオランジェリーの睡蓮の大壁画はそこで生まれたのです。

自分もその同年代になり、いよいよ、モネが挑んだ100メートルの大作”睡蓮”を描きたいと考えました。
そして昨年秋に、大作が三点同時に描けるように、軽井沢のアトリエを拡げ、未だかつて無いほどのエネルギーをそそいで、現在描いています。
100メートルの連作が仕上がったら、先ずは日本で発表し、そのあとフランスへ渡ります。
テレビ局もずっと取材をしてくれていますが、放映は来春になりそうですね。それまでに頑張って仕上げますね。

 

Q. モネは晩年はジヴェルニーの庭に全てをそそいだと言われていますが、先生はいかがですか?

A. あまり考えたことはないかな。
花を育てたい。描きたいそれだけ。草花が好きで、結婚した頃から奥さんは花を育てていました。それこそ一坪から。
しっかりした計画性もなくその場その場で、少しずつ花を楽しんでいましたね。
偶然の積み重ねというか、モネの池と出会って、妻と「こんな風に育てて咲かせたいね」と話をしていたら、軽井沢の土地が、たまたま手に入ることになったという感じかな。軽井沢は、標高が高くて寒暖差があるから、花の色が鮮明に映るんだよ。

 

Q. “印象派·ジャポニスムの旅” をひとことでいうと何でしょうか?

ひとことではまとめられないね。
自分はひとりの日本画家として、日本の中の狭い世界でやってきました。
そんな自分が、どうしてこういう大きなテーマをライフワークとしてやってきたのかというと、モネや印象派のグループの画家の、ジャポニスムに影響を受けた作品の画面から、日本人と共通する”春夏秋冬”や”雪月花”などの感性、美意識をみつけたから。
最初は言葉や書物ではなく、感覚で気づいて共感したかな。それから西洋美術史など、数年かけて研究を重ねているうちに、俄然、面白くなってきて、これはきっちりとやっていこうと思うようになりましたね。

10年前に、シカゴのテラ財団の館長とフランスの印象派美術館の館長が、鎌倉のアトリエに訪ねてきて「フランスで発表しましょう」と言った時には、全くピンとこなかった。
日本人の画家は世界では相手にされないと思っていたので、自信もなかったですね。でも「会場を用意するからやってみては」と言ってくれて、その数年後の2013年、印象派美術館で個展が開催された。当時のディエゴ・カンディル館長は、オープニングの挨拶の中で、「平松礼二は印象派の仲間になった」と発言してくれ、引き続き2018年にも個展が開催されてみると、これはライフワークとしての総まとめではないかと思えるようになりました。
過去、現在、未来の日本人の感性、美意識を存分に出し切ろうと挑み、”現在”があります。

30年近く、フランスでの旅、取材で行ったり来たりし、画面上でも行ったり来たりしているけれども、全く飽きることはないですね。
内包されているのは日本で、自分はもちろん日本人だし、日本の風土を描いてるし、創作の中身も1から10まで日本画として取り組んでいるから、飽きるはずもない。
今は、100メートルの作品を創作してますが、心の美は1000メートル先、2000メートル先とまだまだ続きます。

 

 

 平松礼二 作品 01〜06

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平松礼二 作品01
ジヴェルニー 光る池

技法     日本画/絹本
制作年    2016年
作品サイズ  P20号(52cm×72.5cm)
額寸     68.5cm×88cm×厚み7cm
備考     落款、ともシール有
価格     ¥8.000.000(税込価格¥8.800.000)※額代込みのお値段です

ノルマンディーの光を金色に見立てて。雀は遊び心から。
キラキラと優しい眩しさのある作品。

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