田中 みぎわ

2018.6.15

自分の中の確固たるイメージと、墨が織りなす偶然性とを対話させていくことが、水墨を描く面白さだと感じています

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火山という地形の影響もあり、水をこんこんと湛えた川が、熊本の大地にはいく筋も流れています。私は、ちょっと疲れたな、と思う時には海よりも山よりも川に行くのがちょうど良いと感じます。歩くのと同じ速度でゆっくりと流れていて、川の流れは私たちの日々の生活に寄り添ってくれていると感じます。

子どもの頃から自然が好きだったので、東京生まれの私は、熊本に行く度に「すべてはここにあった!」と感じていました。お弁当を持っては山に登り、夏は川で泳ぐ日々。暑い日の昼下がりになると、山の向こうからもくもくと雲が涌いて・・・瞬く間に頭上は暗くなり、野山が怒涛の雨に隠されてしまいます。「大いなる存在が天にいる」と幼心に強く感じました。ズンズンと地響きを轟かせながら黒雲と雷がやってきて、まるで天に張りがあって、大気を胴にした太鼓の中に入ったようでした。荒れ狂う嵐のベールが全てを覆い尽くす美しさに、何て凄いものを創造する存在が天にいるのだろうと、胃の縮むような恐怖、それから心から尊敬の気持ちを抱きました。

それからも成長していくに従って、自然に対する畏敬の念はますます高まっていきました。しかし、そうして心がふるえて高まりすぎると、私は不安定になりバランスがとれなくなるのです。それで、その溢れた心を何かに表現して昇華したい、と思ったのが、絵を描くようになったきっかけなのです。

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