ジャン・マリー・ザッキ

2012.8.2

ザッキ先生のパリのアトリエ探訪

【今年度8年ぶりに軽井沢にて個展を開催するジャン・マリー・ザッキ先生。軽井沢の人気情報誌・軽井沢ヴィネットの広川美愛さんが、パリ取材を敢行してくださいました。
以下は軽井沢ヴィネット2012下巻より、お許しを得て転載させていただきます。】

フランス芸術家協会名誉会長を務めるレジオン・ドヌール勲章受章画家のジャン=マリー・ザッキ氏は大の親日家。
この夏、軽井沢で2回目となる個展を開く。創作への情熱、日本や軽井沢の印象などを、パリ郊外のアトリエで伺った。

200%絵画のために注ぎ込む そのエネルギーは・・・

ヴィネット(以下V)いつも、こちらのアトリエで描いていらっしゃいますか。

ザッキ氏(以下敬称略)毎日8時から19時半まで、週末もここで描きます。私の生活は200%絵画のためにあります。外出するのも、海外を訪れるのも、個展や絵の仕事のため。12歳から絵画を始め、19歳でグラン・パレで展示し、1963年から欠かさず個展をしています。

V 国内外の様々なサロンの会長や選考委員などを務め、お忙しいと思いますが、毎日描き続けるエネルギーはどこから湧くのでしょうか。

ザッキ なぜ描いているのか・・・besoin(欲求)ですね。私はベルナール・ビュッフェがとても好きなんですが、残念ながら彼は自殺をしました。彼がもはや描けなくなったことが原因なんですが、ある意味すばらしいことだとも思っているんです。絵が描けなくなって、酒におぼれたりすることもできたかも知れませんが、彼は自殺することを選びました。ピカソは92歳まで生き、最後まで描き続けました。描くことはお金の問題ではないのですよね。私も人生の最後まで描き続けたいと思っています。死ぬ瞬間まで描き続ける、それほど素晴らしいことはないですね。

アトリエの一角にずらりと並べられたメダルや楯     ザッキ氏のパレットから生まれたオブジェ

V ご自身では、どのような画家ととらえていますか。

ザッキ 私はコンテンポラリーな画家ではありません。でも、私が個展を開くと、若いアーティストたちが、「あなたのように描きたい」といってくれて、私自身は自分の画風がもう古いと思っていたので驚きました。1968年頃は自ら喜んで抽象画を描いていたのですが、そのうち飽きてしまい、もっと色々なことを表現したい気持ちになったのです。そこで少し具象画に戻り、やがてトランスポジションフィギラティブを追及するようになりました。それは“象形”を“移し替える”ことです。たとえば妻が市場で買ってきた花束を見ます。すると頭の中に、少しずつ黄色だったり赤だったり色が浮かんで、そこからインスピレーションを得ていくのです。

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ジャン・マリー・ザッキ来日展   
於 ギャラリー桜の木 軽井沢店
2012年8月1日(水)-8月19日(日) 10:00~6:00 期間中無休
*夜間開廊日 8/11~15は夜9時まで